けしのはな

沈黙を舌で味わう

ミンガスのルーツについて

 ミンガスを普段あまり聞かない人々にとってのミンガスのイメージとは何であろうか。野蛮でフリー直前なアンサンブルだったり、実験的で複雑な楽曲構成のせいでなかなかにとっつきにくいイメージがあるかもしれない。実際それは間違いではないが、かと言ってミンガスの世界に触れないのはとても勿体ないことだ。 今回はミンガスの魅力を伝えるため、彼のルーツを手短に記しておきたい。


 まずミンガスを聞く上で知っておきたいことは彼の人種的出自である。彼はマックスローチらと並んで人種差別問題に大きく関わっていこうとしたジャズマンの一人だが、その理由は彼自身の複雑な出自だ。彼は純粋な黒人ではなく中国系やヨーロッパ系の血も入っている。そのため彼の肌の色は黒人ほど黒くなく、かと言って黄色人種や白人のそれでもない。彼自身が「うんこ色」と表現したその肌の色のせいで黒人のコミュニティでも白人のコミュニティでも孤立した彼は、幼少期からこの人種の問題が身近にあったと言える。
 公民権運動が盛り上がり始めた時、彼は率先してジャズを用いてこれに加わっていく。人種差別をモチーフにした曲は数しれないが、その中から2曲ほどあげておく。


https://open.spotify.com/track/7DoBL69h4MBOiq5bRvMBzp?si=p9Iu5OvdR1yBd_hM0sLECQ


https://open.spotify.com/track/776laNY8mtMRSqabCnplrf?si=9wTqlXZWR5qc_N1vthrdng


 この2つは実際の人間の名を挙げて揶揄している、攻撃的なものだ。程度の差はあれ、このような曲がミンガスには多く、ミンガスの大きな一面であることは確かだ。ちなみに彼自身は自分のバンドのメンバーを黒人に揃えたりはせず、白人だろうが黄色人種だろうが才能があれば参加させた。白人トロンボーン奏者のジミーネッパーや秋吉敏子などが挙げられる。


 また、彼の音楽的なルーツについて。
 彼の人種的出自は前記の通り一筋縄では行かないものだが、彼の幼少期の音楽的ルーツは、母親の影響により黒人的な教会音楽、すなわちゴスペルであった。ゴスペル的な手法は後の楽曲制作のなかでも随所に見られる。とくに公民権運動の中で、黒人文化を賛美する文脈の中でその手法を存分に用いているように思う。
https://open.spotify.com/track/0mbJqo6y9E3d57fhvYQKyT?si=zs6ib8VPStaiI2PQ_rYG_w


 そして彼の音楽的ルーツで欠かせないのはクラシック音楽である。彼が自覚的に最初に音楽にのめり込んだのは実はクラシックであり、彼自身もともとクラシックのチェリストを目指していたこともあるくらいだ(しかしこの志は人種問題によって挫折を余儀なくされる)。彼がジャズの世界で生きていくことを決めたあとも、彼はクラシック的な作曲方法を学ぶ場として、自らの名を冠したワークショップを開き、そこで様々な音楽的実験を行った。この初期ミンガスワークショップの曲を聞いてみよう。


https://open.spotify.com/album/337yzdEPbupJ7bdpLEOKd6?si=etPSv7vTQVueoeNYbU-nag


 のちにマイルスらと手を組むテオマセロなども参加しているこのアルバムでは、ミンガスのイメージにあるような野蛮さなど全くなく、むしろ西海岸的なクールな印象を受ける。これもミンガスの音楽の一面である。この頃の経験から、後にこのワークショップのメンバーを入れ替え、人種的意識を取り入れてあの実験的な『直立猿人』に繋がっていくのである。




 ミンガスの音楽は、彼自身の人種的な複雑さと、音楽のルーツ、特にクラシック的な作曲方法が複雑な形で混じり合い、彼の強烈なエゴによって昇華されたものなのである。