けしのはな

沈黙を舌で味わう

fair as a star

ワーズワースが、ちいさく咲いている紫色の花にただ一つ輝く夜空の星を重ねたとき、僕らのいつもの道は永遠の宇宙になる…

 

 

 

 

花壇に咲いている色とりどりの花や、川沿いを彩る桜、甘ったるい香りを匂わせる沈丁花は、春の宴のヒロインである。

カラフルなドレス、派手な化粧、甘い香水……着飾った紳士たちはそこに集まりゆく。長い冬も終わり、浮足立った人々が賑やかなおしゃべりをしている。

 

そんなパーティーの隅の方で、赤と白のワインを混ぜたような色のドレスを着た美しい女性がいる。

背は高く髪が短い細りとしたその女は、何も飾ったところのない素朴さを持ち、淑やかな佇まいをしている。そして何より真っ黒な瞳を持っているのだ…

…僕は目が離せなくなった。男と女の俗な交流の場であるはずのこの会場に似つかわしくないあの素朴な美しさはなんだろう?

 

やがて女は僕の視線に気付き、ふと顔をこちらに向ける。どこか寂しげな表情をしている!…ふと、目が合った。

僕は一気にその瞳の中に吸い込まれていった。

 

黒…どこまでも続いてる真っ黒な宇宙。僕はその中をふわふわと漂っていた。ここは彼女の瞳の中の世界だろうか?不安になるほどの闇ではないか…しかし、しばらくすると控えめに輝く一筋の光を見つけた。僕はその光のふもとへ引き寄せられるように泳いでいった。だんだんと僕の身体は、春の陽射しのような暖かい光に包まれゆく。

 

ふと気づけば目の前に一面の野原が広がっていた。そこに、真っ白なワンピースを着た少女がいる…昔の彼女だろうか。

少女は野原で花あそびをしながら誰かを待っているようだ。そこに誰かがやってくる、彼女は顔を上げ、無垢な笑顔をその人に向ける。その人…いることはわかるのに、姿は見えないその人は一体誰なのだろう……なぜたか嫉妬の感情は少しも起きない。むしろ僕はとてもあたたかい幸せを感じている。胸がいっぱいだ。ずっと、ずっと、ここで過ごしていたい、貴女は許してくれるだろうか…日が暮れてもなお野をなつかしみ、気づけば夜も明けてしまう…………

 

 

ふと正気に変えると、そこはパーティー会場に戻っており、女と見つめ合う僕がそこにいることに気付く。どれくらい時間がたったのか?と思ったが、彼女がすぐに目をそらし、これらの幻想が一瞬のうちに心に芽生えたということを知る。会場のカラフルな男女たちももすっかり色と香りを失い、すべてコンクリートのように思えた。そこにひっそりと一輪だけ咲く花、一つだけ思い出をその瞳に仕舞い込んで、謙虚に、誠実に生きている。

女の名前も知らないし、言葉すら交わしたことがないのにも関わらず、その女のすべてを理解し、そこに真理を見出したような気がした。この素朴な美しさが、社会や世界に穢されないように…そう心の中で祈りを捧げた。